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番町皿屋敷のお菊さんは、平塚出身だった!:お菊塚

お菊塚3 - コピー

先週8月23日の放送で、
怪談として有名な、「番町皿屋敷」の主人公である
お菊さんが、なんと平塚出身だったお話をしました。

番組内でも、お話したように
本当は怪談などこわ~い話が大の苦手な
綾乃ひびき。
しかし、興味が恐怖に勝ったというわけで、
受信エリアここ平塚に
あまり知られていないながら、
実はお菊さんが
平塚宿役人真壁源右衛門の娘で、
行儀作法見習のため江戸へ奉公中、
無実の罪で、斬り殺されたということに、
少しばかり、“光”をあててみたくなりました。

調べて見れば、
皿屋敷もの・・・といわれる怪談話は、
江戸が舞台の「番町皿屋敷」のほかに、
歌舞伎や浄瑠璃の題材にも取り上げられた
「播州皿屋敷」というものがあることを知り、
ビックリ

お話は、「番町皿屋敷」に戻って、
このお話の概略は、
「お菊塚」に現在立っている
平塚市観光協会の立て看板によれば・・・

伝承によると、 お菊は平塚宿役人真壁源右衛門の娘で、
行儀作法見習のため江戸の旗本青山主膳方へ奉公中、
主人が怨むことあって菊女を斬り殺したという。
一説によると、旗本青山主膳の家来が菊女を見染めたが、
菊女がいうことを聞かないので、その家来は憎しみの余り家宝の皿を隠し、
主人に菊女が紛失したと告げたので、 菊女は手討ちにされてしまったが、
後日皿は発見されたという。
この事件は元文5年(1740)2月の出来事であったといい、
のちに怪談「番町皿屋敷」の素材となっという。

また他の話によると菊女はきりょうが良く小町と呼ばれていたが、
24才のとき江戸で殺されたといわれている。
死骸は長持詰め となって馬入の渡場で父親に引き渡された。
このとき父親真壁源右衛門は、
「あるほどの花投げ入れよすみれ草」
と言って絶句したという。
源右衛門は刑死人の例にならい墓をつくらず、
センダンの木を植えて墓標とした。

戦前はこの付近が墓地で菊女の墓もここにあったが、
昭和27年(1952)秋、戦災復興の区画整理移転により
現在の立野町晴雲寺の真壁家墓地に納められている。

と記されています。

番組でも引用させていただいた
春風亭小朝さんの落語噺の「お菊の皿」は、
夜な夜な古井戸に出る
その幽霊の美人ぶりが噂で広まり、
沢山の人が見物に集まるようになったある夜の出来事で、
お菊さんが風邪をひいたことが理由で、
“明日の休みの分まで見越して”
数えるお皿の枚数がいつもの倍になってしまうという!
怖がりの私でも挑戦できるある意味
素晴らしい「落(おち)」に、
思わず笑みがこぼれてしまうのでした。

他にも、お菊さんの成仏のために
念仏を唱えていたお坊様が、
「俗名お菊、頓生菩提、ナンマイダなんまいだ」といへば、
お菊さんの亡魂現れ出でて、
「どう勘定しても、九枚でござります」。
という類の噺もありました

今は、公園の一角に
ひっそりとある「お菊塚」ですが、
成仏されていること心から祈り手を合わせました。

お菊塚1 - コピー


出典:葛飾北斎「百物語・さらやしき」
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Author:あなたに ありがとう
平塚市に中継拠点を持つ
FM湘南ナパサ(78.3MHz)から
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11月に市内で開催される
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全国並びに全世界からお聞きいただけます♪
是非ご視聴の上、番組を応援下さい。

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