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平塚七福神巡り、達成につき・・・

番組が始まった7月から、
平塚にあるという七福神巡りを
少しずつ時間を作っては訪ねていました。

そして、10月11日(土)友引に、
7か所すべてを巡り終え、
御朱印を頂く色紙に
「満願」日を書き入れていただきました!
「あなたに ありがとう」を聴いてくださっている
“あなた”と共に、
福徳を授かれるよう・・・
ささやかながら
色紙を掲載します

七福神めぐり

七福神満願達成


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湘南べルマーレのホームグランド:BMWスタジアム 観戦!

今シーズンのリーグ優勝が、そろそろ決まりそうな時期になってきた
10月最初の土曜日、
ここ地元平塚を拠点とする湘南べルマーレと愛媛FCの試合を
観戦しに、BMWスタジオへ
「あなたに ありがとう」の放送終了後、
慌てて駆けつけました
さすがホームでの試合ということもあり、
スタジアムは、かなり混んでいました。

私にとっては、
お恥ずかしながら
“初めてのサッカー観戦”でありました

選手入場

記念すべき初試合観戦ということで、
少し贅沢してとった席は、
正面の指定席。
座席に着くと、すでにオープニングセレモニーが始まっていて、
程なくして、サポートキッズと共に
両チームの選手たちが、
グランドに入場してきました!

サポーター

湘南べルマーレのサポータが
たくさんの応援旗を振って、
ものすごい声援を送っています!

アウェイの応援団

それに対して、
反対側の愛媛FCのサポーター席の方は、
さすがに四国からということもあり、
かなり寂しい状況です。
一緒に応援してあげたくなるほど、でしたが、
もちろんこの日の私の格好は、
べルマーレのサポーターナンバーである「12」を
背中に背負ったミッキーマウス柄の
グリーンのTシャツです。
ごめんね、愛媛FCさん、
今夜は、べルマーレを応援してるので・・・



観客席

テレビやラジオの中継では、
なかなかその臨場感が、三次元的には
伝わりづらいですが、
さすが「生試合」は、迫力や興奮が違います!!
楕円形のスタジアムは、
まるですり鉢状のお椀のようで、
そのすり鉢の下の方から、
鳴り物の音と主に、
サポーターのものすごい声援が、
湧き上がるように聞こえてきます
これが、生の試合なんだ!と、
ワクワクと気持ちが高揚してきました。
他のお客様も、
はじめは大人しかったのですが、
次第に興奮してきて、
ゴールが決まると
思わず立ち上がる人が続出!!
そして、応援している選手が
期待通りの動きやシュートをできなかった時は、
「だめだなぁ!!! もっと走らなきゃ!!!」とか
「遅い、遅い!!!!!」と、
見事な(^-^;大絶叫の応援となるのでした。

前半で、1-0でリードした湘南べルマーレは、
後半でさらに2点を決め、
3-0でこの日の試合は、
見事に勝ちました


試合終了

得点結果

試合後は、
チームマスコットの「キングベル1世」が待つお立ち台で
活躍した選手のインタビューも行われた。

そうそう、マスコットのキングベル1世のついて、
私のように初めての人のためにも
少し、ご紹介しましょう。

湘南ベルマーレのマスコットキングベルI世。
海を司る神様なのにおじいちゃんだと思われがちで困っているとのこと。
湘南地域のあらゆる場所で遭遇する率が高く、
特技は選手の話を聞くことで、心配事は後継者についてだそうです(^-^)

キングヴェルマーレ


サポートキッズ

先月、9月23日、
第33節の京都戦に2-2で引き分け、
J1自動昇格圏内となる2位以内を確定した湘南ベルマーレ。

この日は、優勝が決まる試合ではありませんでしたが、
優勝を決めて、
来年2015年は、是非ともJ1でも
大活躍と大躍進をして欲しいと思いました。

地元と共に
戦い、応援され、愛される“チーム”の存在は、
いいものだなぁ・・・と
この日、試合を観戦しながら思いました。

ハーフタイムの時、
座席の一番後方に、
FM湘南ナパサの試合中継ブースがあったので、
邪魔にならないように
番組が、コマーシャルタイムの際に、
担当解説のスタッフの方ほかに、
“そっと”挨拶してきました。
そうしたところ、
後半の中継のはじめの方で、
「あなたに ありがとう」のパーソナリティの
綾乃ひびきさんも、今夜は応援に駆け付けているようです!
と話題にして下さり、
ビックリしました(^-^)

あなたも、機会があれば
是非サッカーの試合を「生で」味わってみて下さい(^^)/


福録延寿の大黒尊天と鬼子母神をお祀り:妙安寺

平塚七福神巡りの四つ目は、
福録延寿の神様として
大黒尊天が祀られている
妙安寺を訪れました。
妙安寺 (1)

山号は顕応山と号し、
養珠院お万の方(徳川家康の側室及び水戸、紀州徳川家の開祖の母)の奥女中の妙安尼が、
お万の方の自仏である鬼子母神像を拝受し、
寛永年間に日在上人を開山に妙安尼を開基として建立され、
爾来(じらい)平塚鬼子母神として親しまれ、
400年近い歴史を有して総本山身延山久遠寺(みのぶさんくおんじ)の直末寺院として現在に至っているそうです。

妙安寺 (8)

★鬼子母神の由来のお話・・・
その昔、鬼子母神はインドで訶梨帝母(カリテイモ)とよばれ、
王舎城(オウシャジョウ)の夜叉神の娘で、嫁して多くの子供を産みました。
しかしその性質は暴虐この上なく、近隣の幼児をとって食べるので、
人々から恐れ憎まれました。

お釈迦様は、その過ちから帝母を救うことを考えられ、
その末の子を隠してしまいました。
その時の帝母の嘆き悲しむ様は限りなく、
お釈迦様は、
「千人のうちの一子を失うもかくの如し。いわんや人の一子を食らうとき、その父母の嘆きやいかん」と戒めました。

そこで帝母ははじめて今までの過ちを悟り、お釈迦様に帰依し、
その後安産・子育の神となることを誓い、人々に尊崇されるようになったとされています。

鬼子母神の「鬼」の字に「角つの」がない字で
提灯に書かれている字が印象的です。

お祀りされている大黒尊天は
インドでは戦いの神でしたが、
日本の仏教に取り入れられてからは、
満面の笑みを浮かべたお寺を守護する優しい神様になったそうです。
打ち出の小槌は様々な物を生み出す「大地」を意味しているとのこと。
妙安寺 (7)

大黒様の誓願に
「壽福増進安隠楽、除病延命息災我、福我円満重果報、衆人愛敬従恭敬、入来衆人得七宝」とあり、
仏道を励み我を拝すれば七難を滅し七福を授けると、誓っていられるそうで、
一般的によく言われる様な商売の神様だけでは無く、
仏教の守護神として営々と伝えられているそうです。

    

福徳富貴・勇気と実行力を与える毘沙門尊天様:春日神社

平塚七福神巡りの三つ目は、
福徳富貴・勇気と実行力を与える神様として
毘沙門尊天が祀られている
春日神社を訪れました。
春日神社(0) - コピー

春日神社は、明治初年の神仏分離令まで平塚山廣藏寺(こうぞうじ)と神仏習合であったとのこと。
古くは黒部宮と号し、花水川左岸の十間坂に鎮座したが、海岸線の浸入により現在の地に遷座したと伝えられている。
源頼朝夫人 北条政子の安産祈願が有名だそうで、
御祭伸天児屋根命(あめのこやねのみこと)の言霊による心願成就・
武甕槌神(たけのみかづちのかみ)の武勇と旅行安全・
経津主命(ふつぬしのみこと)の正義の劔に象徴される懲悪・
比売神(ひめがみ)の鎮魂の御神徳により旧東海道平塚宿の鎮守社として信仰を集めたとのこと。     
国家安泰と人々の幸せを願って、境内には春日造りの末社と龍神池(心字池)、春日神社 (13)
乳を吸う狛犬と疱瘡神(ほうそうがみ)も祀られています。
春日神社(15)

春日神社の毘沙門尊天は、妻子と共にお祀りしているそうで、
多聞天とも称し、自分も他人も幸せになり、ともに栄えるのが功徳であるとされています。
春日神社 (7)

千里でも走る寅に因み、走るように福徳富貴を得られるとする信仰から、寅の日が縁日となったそうです。
福徳富貴を司り、勇気と実行力を授ける神です。

秋の七草の藤袴(フジバカマ)が、
毘沙門尊天の社のそばに植えられています。

番町皿屋敷のお菊さんは、平塚出身だった!:お菊塚

お菊塚3 - コピー

先週8月23日の放送で、
怪談として有名な、「番町皿屋敷」の主人公である
お菊さんが、なんと平塚出身だったお話をしました。

番組内でも、お話したように
本当は怪談などこわ~い話が大の苦手な
綾乃ひびき。
しかし、興味が恐怖に勝ったというわけで、
受信エリアここ平塚に
あまり知られていないながら、
実はお菊さんが
平塚宿役人真壁源右衛門の娘で、
行儀作法見習のため江戸へ奉公中、
無実の罪で、斬り殺されたということに、
少しばかり、“光”をあててみたくなりました。

調べて見れば、
皿屋敷もの・・・といわれる怪談話は、
江戸が舞台の「番町皿屋敷」のほかに、
歌舞伎や浄瑠璃の題材にも取り上げられた
「播州皿屋敷」というものがあることを知り、
ビックリ

お話は、「番町皿屋敷」に戻って、
このお話の概略は、
「お菊塚」に現在立っている
平塚市観光協会の立て看板によれば・・・

伝承によると、 お菊は平塚宿役人真壁源右衛門の娘で、
行儀作法見習のため江戸の旗本青山主膳方へ奉公中、
主人が怨むことあって菊女を斬り殺したという。
一説によると、旗本青山主膳の家来が菊女を見染めたが、
菊女がいうことを聞かないので、その家来は憎しみの余り家宝の皿を隠し、
主人に菊女が紛失したと告げたので、 菊女は手討ちにされてしまったが、
後日皿は発見されたという。
この事件は元文5年(1740)2月の出来事であったといい、
のちに怪談「番町皿屋敷」の素材となっという。

また他の話によると菊女はきりょうが良く小町と呼ばれていたが、
24才のとき江戸で殺されたといわれている。
死骸は長持詰め となって馬入の渡場で父親に引き渡された。
このとき父親真壁源右衛門は、
「あるほどの花投げ入れよすみれ草」
と言って絶句したという。
源右衛門は刑死人の例にならい墓をつくらず、
センダンの木を植えて墓標とした。

戦前はこの付近が墓地で菊女の墓もここにあったが、
昭和27年(1952)秋、戦災復興の区画整理移転により
現在の立野町晴雲寺の真壁家墓地に納められている。

と記されています。

番組でも引用させていただいた
春風亭小朝さんの落語噺の「お菊の皿」は、
夜な夜な古井戸に出る
その幽霊の美人ぶりが噂で広まり、
沢山の人が見物に集まるようになったある夜の出来事で、
お菊さんが風邪をひいたことが理由で、
“明日の休みの分まで見越して”
数えるお皿の枚数がいつもの倍になってしまうという!
怖がりの私でも挑戦できるある意味
素晴らしい「落(おち)」に、
思わず笑みがこぼれてしまうのでした。

他にも、お菊さんの成仏のために
念仏を唱えていたお坊様が、
「俗名お菊、頓生菩提、ナンマイダなんまいだ」といへば、
お菊さんの亡魂現れ出でて、
「どう勘定しても、九枚でござります」。
という類の噺もありました

今は、公園の一角に
ひっそりとある「お菊塚」ですが、
成仏されていること心から祈り手を合わせました。

お菊塚1 - コピー


出典:葛飾北斎「百物語・さらやしき」
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プロフィール

あなたに ありがとう

Author:あなたに ありがとう
平塚市に中継拠点を持つ
FM湘南ナパサ(78.3MHz)から
半年間お届けする
ラジオ番組「あなたに ありがとう」の特設ブログです。
11月に市内で開催される
チャリティコンサートに向けて、
リンク&タイアップの番組になります♪
地上波並びにインターネットサイマルラジオより、
全国並びに全世界からお聞きいただけます♪
是非ご視聴の上、番組を応援下さい。

番組制作スタッフ一同

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